「橋本郷土カルタ」であなたも “橋本の達人”に!!『の』

こんにちは!めぐり報です!!

「橋本郷土カルタ」であなたも
“橋本の達人”に✨

今回は26枚目の「の」のご紹介です。

「野良仕事 早じまいして お十夜へ」
(八王子のお十夜)

 

 

 

 

 

 

 

1.お十夜って何?

お十夜は『十夜念仏法要』の略で、主に浄土宗のお寺で陰暦の10月6日から15日までの10日間、昼夜を通して念仏勤行をする儀式のことです。

このカルタで取り上げているのは、八王子の大善寺のお十夜です。
大善寺のお十夜は、鴻巣市の勝願寺や鎌倉市の光明寺と共に『関東三大十夜』の1つと言われ、天正19年(1591年)に、前の年に落城した八王子城の戦没者を慰霊するために始まったと伝えられています。

当時、大善寺は大横町にあり、八王子はもとより埼玉・山梨・神奈川などからも多くの参詣者が来て、大いに賑わいました。

 

 

2.大善寺のお十夜はどんな様子だったの?

大善寺のお十夜は、明治40年(1907年)頃から十夜法要の他に大小の見世物小屋などが現れ、各種の縁日興行が行われるようになりました。

大正時代になると日程を10月13日から15日に変更し、昭和になるとお十夜のために中央線が増両されたり、八王子駅からの臨時直通バスが運行されたりしたそうです。

また、十夜法要の他、サーカス・娘剣舞・ガマの油売り・バナナのたたき売り・オートバイの曲乗り・お化け屋敷・見世物(ろくろっ首や蛇女など)が行われるようになりました:サーカスのテント: :バナナ: :お化け:

しかし、昭和36年(1961年)に区画整理のため大善寺が大和田町に移転し、この年を最後にお十夜の十夜法要と縁日が一旦途絶えました:ヒー:

その後、昭和56年(1981年)に大谷町に移転した後、お十夜を復活させたいという地域の人々の熱心な働きかけがあり、平成24年(2012年)に約50年ぶりにお十夜が復活しました。

復活後のお十夜は、10月や11月の土日や祝日に1日だけ行われていて、2019年のお十夜のポスターには十夜法要の他に、奉納講演会・奉納演芸・お十夜太鼓・フードコート・こどもふれあい広場・各種出店などが載っています。

 

 

3.橋本の人々にとってお十夜とは?

以前、昔の橋本についてお話をうかがった3人の方々(東橋本・元橋本在住の80〜90代)は、いずれも子どもの頃の1番の楽しみは八王子のお十夜に行くことだったそうで、「お十夜のお小遣いをもらうために、家の手伝いをいつもよりうんと頑張ったもんだよ:スマイル:」と話されていました。

当時、お十夜があった10月半ば頃は、ちょうど農作業も一段落する頃で、子どもも大人も大いに楽しみにしていた行事だったようです。

ちなみに『増補 相澤日記』(相澤 栄久 編)にも明治31年(1898年)10月14日に、日記を書いた相澤菊太郎氏が朝から息子の茂治さんと下男の鳥蔵さんを連れて、八王子へお十夜見物に行った…という内容が記されています。
橋本の人々にとって、八王子の大善寺のお十夜は、何よりも楽しみな秋の行事だったようですね:うふふ:

 

:トランプのダイヤ:今回の参考文献は…

·「新八王子市史 民俗編」(八王子市 市史編纂室)
·「八王子の民俗」(佐藤 広)
·「増補 相澤日記」(相澤栄久 編)

(いずれも橋本図書館にあります)