「橋本郷土カルタ」であなたも”橋本の達人”に!!

こんにちは!めぐり報です!

「橋本郷土カルタ」であなたも
“橋本の達人”に!!

今回は9枚目の「り」のご紹介です。

「緑蔭と 鳥のオアシス 相原高」

 

1.相原高校はどんな学校なの?

相原高校は、大正12年(1923年)4月に橋本駅南口のすぐ前に、「県立農蚕学校」として創立された伝統ある学校です。(今年で創立97年になります。)当時の学科は農業科·蚕業科·専修科の3科でした。
その後「県立相原農蚕学校」(昭和5年)、「県立相原農蚕高等学校」(昭和23年)、「県立相原高等学校」(昭和29年)と全部で4回名前を変えて現在に至っています。(養蚕の衰退に伴い「蚕」の字がなくなりましたね。)

現在は、平成31年(2019年)4月にリニア新幹線の駅設置工事に伴い、約1.5km離れた橋本台4丁目の「職業能力開発総合大学校跡地」に移転しました。学科は畜産科学科·食品科学科·環境緑地科·総合 ビジネス科の4科です。


 

2.橋本駅前にあったのになぜ「相原高等学校」なの?

それは、創立当時にこのあたりが相原村だったからです。創立時7.1haもあった広大な敷地は、相澤安右衛門氏や原清兵衛氏など、地元の有力者他20数名が寄付したとのことです。

 

3. 2度の大震災の時、相原高校は…?

相原高校が創立された5ヶ月後の大正12年9月1日に、関東大震災が起きました。当時の森校長先生を始め、教員と生徒の50余名で「自転車救難隊」を結成し、9月15日に被害の大きかった横浜に百貫(約375kg)のカボチャ、じゃがいも、里芋、サツマイモなとの農作物を届けて、大変感謝されたそうです。それから88年後の平成23年(2011年)3月11日に起きた東日本大震災の時は、駅前ということもあって、体育館を帰宅困難者の宿泊·休憩所として提供して大変喜ばれたとのことです。

 

 4. 緑豊かな学校でした

正門付近にそびえる、学校のシンボルツリーの大きな楠を始め、秋の黄葉の美しいイチョウ並木、見上げるような高さのメタセコイヤ、堂々としたヒマラヤ杉、ユリの木、山桜、コブシ、金木犀、泰山木、ムクロジなどのたくさんの木があって、まるて公園のような学校でした。牛やヤギなどの飼育動物とともに、校内のたくさんの木々の緑を一般市民もずいぶん楽しませてもらいました。:牛::ヤギ::羊::ブタ::ニワトリの顔:
今はリニアの工事によりほとんどの木が伐採されてしまい、正門付近に数本残るだけです。カルタのように「緑蔭の…」という風景ではなくなりました。:うぇーん:学校のシンボルだった楠は、病気で弱っているとのことで、伐採が、決まっています。:うぇーん:今残っている山桜、ムクロジ、金木犀、ヒマラヤ杉が少しでも残るといいのてすが…。:常緑樹::常緑樹::常緑樹:
 でも、新しい相原高校もいずれきっと緑豊かな学校になることでしょう。それを楽しみに待ちたいと思います。(それまで命がもたないかもしれませんが…:苦笑い:)

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