「橋本郷土カルタ」であなたも”橋本の達人”に!!

こんにちは!めぐり報です!

「橋本郷土カルタ」であなたも
“橋本の達人”に!!

今回は4枚目の「に」のご紹介です。

「二十三夜様 おかげで杖を 置き忘れ」

 

1.「二十三夜様」って何?

「二十三夜様」は「二十三夜講」とも言って、旧暦の23日の夜の月(下弦の月で夜中に出ます)を拝む民間信仰の行事です。特に1月23日は、月の出方によってその年の農作物の出来具合を占ったそうです。

この行事は「月待ち講」とも呼ばれ、主に農家の主婦が23日の夜の9時頃から集まって飲食しながら月の出を待つもので、日頃多忙を極めた女性達の楽しみの場の意味もあったようです。

 

2.「二十三夜様」の祠が蓬莱橋の近くにあるのはなぜ?

この「二十三夜様」の祠(写真3枚目)は「ろ」でもご紹介した境川の蓬莱橋のすぐそばにあります。江戸時代このあたりでは、夜中になると恐ろしい形相の老婆があずきを洗う音が「ショキショキ」と聞こえていたとか、人さらいが出たとかの噂が絶えず、人々が不安を募らせていたそうです。そこで、地元の有力者の大塚市左衛門が安永10年(1781年)に、橋のたもとに「二十三夜様」のご本尊である「勢至菩薩」を祀って橋供養をし、それ以来この祠を「二十三夜様」と呼ぶようになったそうです。

 

3.どうして「足の神様」と言われているの?

勢至菩薩はもともと「橋の神様」と呼ばれていましたが、次第にそれがなまって「足の神様」と呼ばれるようになり、足の病気で悩む人々が遠くからもたくさんお参りに来ていたそうです。それを示すように、今でも祠の中には足に関係ある靴·草履·わらじ·スリッパ·杖などが供えられています。江戸時代に精進場で身を清めて大山参りに出かけた人々も、きっとこの「二十三夜様」に道中の無事を祈ったことでしょうね。
尚、この祠の周囲には庚申塔(写真4枚目)や二十三夜様の由来の碑、精進場の碑があります。

 

4.妖怪「あずき洗い」の真実は?

夜中に蓬莱橋(写真5枚目)の付近に出没して人々を恐れさせた妖怪、「あずき洗い」(「あずきとぎ」とも言う)は恐ろしい顔をした老婆で、住んでいる場所は谷川のほとりか橋の下と決まっていたそうです。そして「ショキショキ」と川の水であずきを洗っているような音を立てます。時には「あずきとごうか、人をとって食おうか」と歌って人々を驚かせたそうで、この声に近づこうとすると、必ず川に落ちたとのことです:超びっくりマーク::ギャー:
昔の橋は欄干のないものが多く、もちろん街灯もなくて夜は真っ暗なため、夜に橋を渡ると危険とのことから、あずき洗いの言い伝えは「危ないので、夜は橋に近寄らないように…」といういましめなのかもしれませんね。

 

 

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