「橋本郷土カルタ」であなたも “橋本の達人”に!!『み』

こんにちは🤗 めぐり報です❗️

「橋本郷土カルタ」であなたも
“橋本の達人”に✨

今回は41枚目の『み』のご紹介です。

「水清し 蛍飛び交う 夢をみる」
(境川)

 

 

 

 

 

 

1.境川ってどんな川?

境川については2枚目の『ろ』(六根清浄 となえて水浴び 精進場)でもご紹介しましたが、今回は境川そのものについてご紹介します。

境川の源流地は、相模原市緑区にある城山湖付近の草戸山(高さ約365m。町田市、八王子市、城山町の接点にある山)にあります。

本当の源流地は333.5mの所にあるのですが、道がなくて近寄れないので本沢と東沢が合流する点を『源流地』としているそうです。
源流地の看板には「源流から河口まで歩くと15時間20分。橋の数121。橋の名前で一番多いのは、境橋7つ、次いで境川橋・大正橋2つずつ…」と書いてあるとのことです。

城山湖

 

 

境川の水源地の説明看板(城山湖にて)

 

 

源流地から流れ出た境川は、相模原市⇨町田市⇨大和市を経て藤沢市で柏尾川と合流します。
その後、江ノ島の河口で相模湾に流れ込む、総流域約54.5kmの河川です。
(カルタには69kmとありますが、河川改修で蛇行部分を直線化したため、 以前より短くなっています)

尚、河口付近では『片瀬川』と名前が変わります。

境川は古くは『高座川』(たかくらがわ)『田倉川』(たくらがわ)と呼ばれていました。
これは平安時代に存在した、現在の海老名市あたりを中心とした『高座郡』(たかくらぐん)に由来するものと思われます。
(現在は『高座豚』:ブタの顔:高座赤』:サツマイモ:などにその名が残っていますね)

その後、カルタの説明にもあるように文禄3年(1594年)の検地以降、武蔵国(東京都)と相模国(神奈川県)の境界とする『境川』という名前に変わりました。

しかし、それまでこの川は各村の中心を流れていたので、川を挟んで両岸に相原・小山・矢部・鶴間などの同じ名前の地区が並んでいます。
また、境川は昔は大きく蛇行していたため、大雨が降る度に氾濫する『暴れ川』でした:ギャー:

そのため、改修工事で川を直線化した結果、あちこちに『飛び地』ができました。
(寿橋の町田市側にも数軒、相模原市の住居があります)

 

 

2.境川と環境

境川は、昭和30年頃(1955年頃)までは水がきれいで、清流に住むハヤやヤツメウナギが生息し、子ども達が魚採りをしたり泳いだり蛍が飛び交ったりしていたのですが、その後、周辺の都市化に伴って生活排水が流れ込むようになり、一時はどす黒い川に洗剤の泡が浮く、異臭のする川となりました:大泣き:

しかし、1980年代になると境川に沿って下水道が整備されて生活用水が流れ込まなくなり、きれいな川に戻りました。

今ではカワセミ・カワウ・アオサギ・シロサギ・ゴイサギ・カルガモなどが来るようになり、鯉やハヤなども見かけるようになりました。
(藤沢市内では海水が混じるので、スズキやボラもいます):カモ::魚:

 

 

3.境川と宮上小学校

寿橋の近くにある宮上小学校は、境川に面しているので平成8年(1996年)頃から粗大ゴミが散乱する境川の美化活動を続け、平成18年(2006年)に『第19回地球ピカピカ大賞』で全国1位となる『最優秀賞』を受賞しました:拍手::拍手::拍手::くす玉::くす玉::くす玉:

現在も宮上小学校の子ども達が、境川について観察したことや勉強したことを、学校付近の境川の柵にたくさん展示していて、通行する人々を楽しませてくれています。
皆さんも宮上小学校付近に行かれた時はぜひご覧下さい:うふふ:

 

宮上小学校

 

境川(蓬莱橋より)

 

 

4.川尻と河口について

これは個人的に考えたことなので、間違っているかもしれません:苦笑い:

境川の源流がある場所は川尻という地名の所です。
(川尻八幡宮や川尻小学校などがあります。城山湖がある場所も川尻です)

『尻』にはいわゆる『ヒップ』の他に『後ろの方』『終わり』という意味があります。

…ということは川尻の意味は『境川の後ろの方』という意味なのでしょうか❓
そして川の先頭は『河口』ということなのでしょうか❓

また、尻の方は『川』で、口の方は『河』と、『かわの字』が違うのは川幅が違うからなのでしょうか❓
ご存知の方、いらっしゃいますか❓:やっほー:

 

:トランプのダイヤ:今回の参考文献は…
·「境川·柏尾川·引地川を歩こう」   (久米 準)
·「『橋本郷土カルタ』で巡る橋本の歴史と文化」(井上 研一)
·「橋本の歴史ガイドブック」 (橋本の歴史を知る会 編)